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マカ

マカ(MACA)って何?

マカは現在国際的な食品のひとつ

マカってなんでしょうか。
数年前にペルーの国営放送がマカをとりあげ、アンデス高原のきびしい生活環境の中でも元気で長寿をたもっている老人や、多産な女性が多いことを紹介しました。この現象がアメリカで報道されると、マカは全米でもすぐに話題になり、世界中にその名が知れわたったのです。 現在ではマカは国際的な商品のひとつになっています。

 

マカは生命力の強い植物

マカは、ペルーのアンデス山脈4000m〜5000m(ペルーのフニン県ボンボン高原)の高地の厳しい自然環境の中で生育している、とても生命力の強い植物です。
マカは、ボンボン高原に住むインディオたちを中心に、数千年前から食べられてきました。

インカ帝国時代のマカ

インカ帝国の時代には、マカは特権階級の食べ物で、戦争で活躍した戦士の褒賞として使われました。
現地ではマカを「アンデス薬草の女王」と呼び、豊富な栄養素をたたえています。アンデス高原で暮らす人々にとって、マカは厳しい自然環境の中で子孫を絶やさないための大切な栄養源であり、同時に家畜たちの繁殖力維持に欠かす事ができない飼料でもあります。
特に、天日乾燥したマカは栄養素も高く、保存食として、妊娠適齢期の女性や成長期の子供に積極的に供され、逆に結婚前の若い人はマカの利用を控えめにすべきだといわれています。

マカのエピソード

マカは、インカ帝国の栄養食だった

ペルーはかつて、インカ帝国という先住民族(インディオ)のつくった大帝国がありました。
ボンボン高原はインカ帝国の領土内にあったので、帝国の支配者たちは、マカの薬効について早くから知っていて、リャマなど の家畜と少量のマカが物々交換で取引され、貴重な物としてあつかわれていました。
太陽神を信仰するインカ帝国の人々は、少しでも神なる太陽に近づこうと、日常の住まいの多くを高地にも建設されています。
しかし、空気が希薄で気候がきびしい高地では、人々の体力は大きく消耗します。
それを補うには、滋養強壮効果のある食べ物が欠かせません。
このインカ帝国の人々は早くからマカに目をつけ、おもに王侯貴族の貴重な滋養食としてきたのです。
さらに、インカの帝国の王は戦士たちに体力をつけさせるために、マカを食べさせていたといわれています。南米の先住民の国は、いくつもあって、おたがいに勢力をきそっていました。

そのなかでもインカ民族はしだいに軍事力を強化し、じょじょに周辺の部族を制圧して、やがて強大な帝国を築きあげたのです。
16世紀はじめにピサロ率いるスペイン軍に滅ぼされるまで、インカ帝国の王は戦士たちに体力をつけさせるために、マカを食べさせていたといわれています。
当然、強い戦士が不可欠ですから、戦いに勝利をもたらした戦士には、褒美としてマカが授けられていたといわれています。このようなエピソードがあります。インカ帝国軍は、周辺の部族を攻撃し、その町を陥落させる直前になると、戦士たちへのマカの支給を停止しました。
戦争には、勝利した戦士たちによる強奪や暴行がつきものです。
これを野放しにしていては、軍隊の秩序は守れません。
そこで、目標となる町を落とす直前に、戦意を高揚させるマカの支給をやめたわけです。

マカがスペイン軍に勝利をもたらした

最初にピサロがインカ帝国に侵入したとき、彼に従ったスペイン軍の兵士はほんの数十名でした。そんなわずかな兵士で、なぜ絶頂期のインカ帝国を征服する事ができたのでしょうか。
これにも、マカがひと役かったといわれています。



スペイン軍の攻撃には、馬が大きな役割をはたしていました。当時のインカの人々にとってスペイン兵が乗っている馬は、未知の「怪物」でした。そのため、スペインの騎兵が突入してくると、インカ帝国の戦士はクモの子を散らすように逃げまどったそうです。
ところが、この馬が、新大陸のきびしい自然に適応できず、子馬を産む前に死んでしまうことが多くなりました。困ったスペイン人は、アンデス地方の人々がマカを飼料に用いて家畜を繁殖する事に目をつけました。
そして、馬たちをマカの畑に放って、マカを食べさせたところ、効果はてきめんでみごと馬の繁殖に成功したのです。
マカによってふたたび馬という強力な武器を手にしたスペイン軍はインカ帝国を滅ぼしました。
これもまた、マカの生殖能力向上の高さを示す歴史的事実といえます。

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